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とある科学の進路相談(28)

第二十八話『追いついた過去』
 翌日の朝。
 千雨が起きて学生寮の食堂に向かうと、黒子が一人でカツ丼をかっ喰らっていた。
 朝っぱらからなかなかの健啖家だと、感心してしまう。

「おはよう」
「あら、おはようございます千雨さん」
「御坂は一緒じゃないのか?」
「まだ眠いとおっしゃいまして。それでもそろそろおいでになるかと」

 食べる手を休め、お茶をすすりながら黒子が言った。
 基本的に美琴の寝起きは悪い、というのがここ数日ばかり行動を共にしてきた千雨の評価だった。規則の厳しいことで有名なこの寮において、御坂美琴は黒子と並んで問題児の部類に属する。結構なお嬢様であるはずの彼女だが、漫画好きだったり夜更かしが好きだったり、かなり俗っぽいところがあるのだ。中二にもなってぬいぐるみを抱いて寝るのは、少々いかがなものかと思わなくもなかったが。

「なにか、お姉さまにご用でしたの?」
「別にそういうわけじゃない。なんとなくだ」
「左様ですか」

 大した興味はないのだろう。空になった湯飲みをテーブルの隅に置くと、ふたたびカツ丼を食べ始める。口が小さいので一度に食べている量は大したことはないのだが、機械のように正確で規則正しい、淀みのない食べっぷりだった。

「そんなヘビーなものをよく喰うなぁ、朝から」
「あら、『風紀委員』は身体が資本ですのよ?」
「分かんねー話じゃないが、それにしても朝から揚げ物ってのは」
「わたくしの脳内民主主義が、今朝はカツ丼と可決しまして。食堂にダイビングしつつ、シェフにお願いした次第ですの」
「白井はときどき頻繁に無茶を言うからなー」

 シュイイインと音を立てて回転する清掃ロボットに乗って現れたメイドが、急須を手に相づちを打つ。
 この子も繚乱なのだろう。着込んでいるメイド服が、先日会ったメイドと同じデザインだ。ただ、黒子や初春と比べても小柄で、ほとんど子供のようにも見えた。決して年上に見えないという意味で、『全人類妹代表』みたいな雰囲気がある。

「ええと、あんたは?」
「土御門舞夏であるー」

 清掃ロボットの上でくるくる周りながら、語尾の間延びした声で答えるメイド。

「あら舞夏さん、おはようございます」
「うむ-」

 ナプキンで口を拭きつつ、舞夏と呼ばれた彼女から湯飲みを受け取る黒子。顔見知りといった感じだ。

「食器を片づける前に……長谷川は何か申しつけることはあるかー?」
「……私の名前を?」
「お仕えする相手の素性を把握しておくのは、メイドとして当然であるー」
「へー」

 メイドは他人を呼び捨てにしないだろう。と、物腰丁寧な麻帆良の誇るスーパーメイドロボを思い出した。それとも『学園都市』ではメイドの定義が違うのだろうか?

「ま、いいや。とりあえず注文いいか? クロックマダムとミルクティー。ホットで」
「かしこまりましたのであるー」

 ぺこりと一礼すると、土御門舞夏は来たときと同じように、シュイイインと音を立てくる周りながら去っていった。きっと次来るときも、シュイイインと音を立ててやって来るに違いない。

「……気持ち悪くなんねーのか、アレ?」
「さあ……メイドさんですから、大丈夫なんじゃありませんこと?」
「メイドマジスゴイ」

 多分そんなことはない。

「……」
「そんなに、舞夏さんのことが気になりますの?
「へ? ああいや、そんなんじゃ、ないんだが……」
「はっきりいたしませんわね」
「う……」

 千雨は二つも年上であるというのに、黒子の言葉には遠慮がない。別にナメているというわけではなく、根本的に怖い者知らずなのだろう。
 半年前までランドセルを背負っていたとはいえ、その当時ですらレベル3、中学に上がってからの最初の試験でレベル4に昇格した黒子だ。おまけにその能力は『学園都市』でも希少な部類に属する『瞬間移動』。才能を鼻にかけるというわけでもないだろうが、少なくとも力に裏打ちされた自信というのは持っていて当然だった。
 その点、千雨はこのあたりが弱い。本人がどう思っているかはともかく、『原子崩し』にさえ勝った今の千雨は、事実上『学園都市』最強の大気制御系能力者だ。しかし、なまじ能力がギリギリまで弱まっていたせいで、その実績が自信へと繋がらない。偶然性に頼った勝利だと、千雨自身が思い込んでしまっているのが問題だった。

「若いってのは恐れ知らずだな」
「……二つしか違いませんわよ?」

 だし汁の効いた飯をすすりながら、怪訝そうな表情を向ける黒子。彼女は初春と同い年だ。しかし千雨の知る、かつてランドセルを背負っていた小学校時代と大差ない初春よりまだマシとはいえ、黒子はまだまだ子供っぽく見える。
 というか、美琴にしてもそうだ。実のところ千雨と美琴は一センチしか身長が違わないのだが、まだ子供寄りの美琴よりは自分のほうがだいぶ大人っぽいと思える。もっともそれは自負自慢というわけでもなく、「もしかして自分が老けてるだけじゃないか」と考えてしまうあたり、千雨の自己否定は相当に根が深かった。

「いーの、白井も高校受験控えるようになると分かるよ」
「なんのことやら……」
「ふぁ……おはよ」

 あくびをかみ殺しつつ、美琴がぽてぽて歩いてくる。半分寝ているようだったが、まるでそうするのが当然の自動機械のように、黒子の隣へと収まった。

「あー、眠い」

 ぺちぺちと頬を数回叩き、目を覚まそうとする美琴。『超能力者』も睡眠不足には勝てないようだ。

「もう、お姉さまったら。もっとしゃんとなさいませ、常盤台のエースがみっともない」
「そんな肩書き、千雨にノシつけてあげるわよ、めんどくさい」
「人に厄介なもの押し付けんじゃねーよ」

 ここ数日で千雨の存在は、生徒たちの中でも一定の実力者として認知されるようになりつつあった。もともと名門校だけあり、高位能力者を転入という形で方々から常にかき集めているのだ。見慣れない生徒が頭角を現すこと自体は、さほど珍しいことではない。
 しかしながら、なにやら特別待遇めいた『体験入学』と、御坂美琴・白井黒子の高レベル問題児コンビと行動を共にしていることもあり、良い意味でも悪い意味でも目立ってしまっていた。

「ひっそりしたかったんだけどな、私」
「実力を隠しても、この『学園都市』ではあまりいいことありませんわよ?」
「目立ちまくってもいいことないだろ」

 千雨の言葉に、うんうんと頷く美琴。どうやら思い当たる節があるようだった。

「そうは言いましても……企業からのお誘いも、ずいぶん来始めているとか。隠し通せるものじゃございませんでしょ?」
「まーな。あれか、私に風防実験でもやらせてーのかね?」
「私は昔、神経電気の伝達異常を治療するために遺伝子マップ取らせてほしいって言われたことあるわよ」
「へー」

 優れた発電能力者である美琴を参考にすれば、医療にも役立つのかと素で感心してしまった。

「ま、バイトだと思っておくか……」

 そんな取り留めもない話を三人でしていると、例によってロボットに乗った舞夏が、シュイイインと音を立ててやって来た。手にしたサーバーには料理が載っている。ロボットに本人に料理と三段重ねだ。

「おまたせしたのであるー」

 ついっと手際よく、千雨が注文したクロックマダムとミルクティーを並べていく。さすがはメイド・オブ・メイドを輩出する名門校の模範生だけはある。茶々丸と比べても遜色ないメイドっぷりだ。

「サンキュー。おつかれさん」
「これもおつとめであるー。それからおはよう御坂。なにか注文はあるかー?」
「おはよ。うーん、あんまり食欲ないのよね」
「じゃあ、オレンジジュースとフルーツなどはいかがであるー?」
「いいわね、それにするわ。お願い」
「かしこまりましたのであるー」

 ぺこりと頭を一つ下げて、ロボットに乗ったまま立ち去ろうとする舞夏。その背中に向かって、千雨はふと思い出したことがあって声をかけた。

「あ、ああそうだ。ちょっといいか?」
「なんであるかー?」

 くるくるとその場で回りながら、舞夏が小首を傾げる。

「聞きたいことがあるんだ。あんたの同僚のうち、この常盤台に派遣されてる奴に、髪が長くて背の高い奴がいるよな? そいつがなにしてるか、知らないか? 初日、私の世話をしてたみたいなん……だが……」

 語尾がなんとなく頼りなくなったのは、どうにもその人物に対しての警戒が解けなかったからだった。本能的に、なにかマズい相手の気がするのだ。
 舞夏はそんな千雨の気持ちが分かるはずもなく、焦らすように考え込んでいる。だがようやく思い当たったのだろう。ポンと手を叩いてこう続けた。

「ああ、幾重のことであるかー」
「幾重?」
「そう、木原幾重なる。メイドと科学者の二足わらじの生徒であるー」
「そりゃまた、ずいぶん方向性の違うもの履いてるわねぇ」

 どこかげんなりとした表情の美琴。一本気な彼女からすると、浮気性のように見えるのかもしれない。
 履けばいいというものではないが、それが周知されているということは、どちらもそれなりにこなせているということなのだろう。

「で、幾重がどうかしたのであるかー?」
「ん、いや……ちょっとな。どうしてるのか、と思って」
「ふむ? 幾重なら、最近は『本業』が忙しくなったとかで、外に泊まり込みしているなー。こちらには顔を出していないのであるー」

 幾重なる人物は、メイドが『副業』であり、科学者を『本業』と位置付けているらしい。どことなくメイドらしからぬ不気味さは、そういうところが所以なのかもしれない。

「お仕事が忙しいってわけだ」
「まぁ、よくあることなのであるー」
「それでいいんですの、仮にも繚乱のメイドととして?」
「文句を言われているところは、見たことないなー?」

 他人に興味がないということもないだろうが、少なくとも舞夏自身も、彼女がそういう存在であることに、なんの疑問を抱いていない。ならば繚乱という学校としても、きっと問題ないということなっているのだろう。

「ふぅん……そういう理由か。ちなみに、連絡先とかは?」

 ある程度はスッキリした。意味深に現れてそれっきりでは、千雨としても収まりが悪い。だがそういう理由であるのならば、納得はいく。

「ケータイの番号は知らないなー? あ、でもどこに詰めてるかは、外出届けをちらっと見た記憶が……」
「それでいいや、教えてもらっていいか?」
「かまわないであるが……ええと、たしか『先進教育局』とか書いてあった気がするなー?」
「ほほう、先進教育局ね……先進教育局!?」

 その言葉を聞いた瞬間、千雨の血相が変わる。だが、その意味を理解できた者は、この場には彼女自身以外、誰一人としていなかった。
 
 
 
 千雨がかつて『先進教育局』と呼ばれていた廃墟を探し出せたのは、半日以上経ったあとのことだった。

「今日あたり、そろそろ来る頃だと思っていましたでございます」
「……!」

 メイド服に白衣。息を切らせる千雨を出迎えた、ミスマッチ極まりないその姿は、伝え聞いた木原幾重の人物像と一致する。そしてそのは虫類めいた面貌こそ、あの日あの夜に出会った彼女に相違なかった。

「こんな廃虚で研究とは、そんなに予算がねーのかよ?」
「まさか。予算はいくらあっても足りませんが、そこまで不自由しているわけではないでございます」

 赤い夕日が、懐かしい廃虚を朱に染める。その上のほうにある、傾き、外れかけた『先進教育局』の看板を見上げながら、千雨は皮肉めいた口調で言った。その視線は厳しく、険しい。
 千雨はこの『先進教育局』という建物であったことを、よく知っていた。良い意味でも、悪い意味でも。そしてここには、良い思い出も悪い思い出も、両方あった。

「なつかしいでございますでしょう?」
「……よく調べてるよな」
「いえいえ、それほどでもないでございます」

 幾重の笑みは気色が悪い。生理的嫌悪感をもよおすものだ。勘に触る。目的が読めないことも、自分のことを嗅ぎ回っていることも不愉快だ。ここらでひとつ、まるっとつまびらかにしなくてはと、睨む目にも自然と力が入った。

「恐い顔でございますです。せっかくの美人が……」
「おためごかしは結構だぜ」
「とんでもない! 美人かそうでないかは大切でございますです! 可愛くなければ、興味など持つなどありえないでございます!」
「……ふざけてんのか?」

 唇の端を噛むと、少しだけ血の味がした。

「それもノン。私はいつも真面目でございますです」
「真面目ってのは、ちゃらけて人を小馬鹿にするときにゃー使わねー言葉だぜ。科学の勉強は得意でも、国語のほうはイマイチみてーだな?」
「これは海外暮らしが長かったからでございますです」
「喋り方のことじゃねーよ!」

 のらりくらり。千雨の頭に血を上らせようとしているのはあからさまだ。分かっていても、我慢の限界というものはある。元来、気が長いほうではないのだ。

「ふん。どうせ私の力を見たいとか、そんなくだらねー理由で挑発してんだろ? いいぜ、だったら見せてやるよ。そしてそのまま黙らせてやるさ」
「……血の気が多いのは、ちっとも変わっていないでございますですね」
「あ?」
「三年前とちっとも変わっていないでございます。ああいや、少々目付きは悪くなったでございますですが」
「どういう……意味だよ」

 これは質問ではない。確認だ。相手が、幾重がなにを『知っている』かの確認だった。そうしなくてはならない。こいつはただ、自分の前に立っているだけではない。なにかを知っている。掴んでいる。直感が叫んだ。こいつは“私にとって、よくないものを握っている”と。
 ただでは済ませられない。知っていることを全部吐かせなくては。

「聞きたいでございますですか?」
「……いいや」
「ほ?」
「聞きたかねーな、聞きたかないぜ。だが、吐かせる。ようやくこの場に辿り着いた。やっと“スタートライン”だ。こっからは、てめーに主導権なんて渡さねーよ。ナメてくれた礼をたっぷりとしてくから、続きを始めさせてもらう。それから、あんたに喋らせる」
「……」
「決めるのは私だ。あんたじゃねぇ。私なんだ」

 それが『学園都市』流。思い出してきた、この街のやり方だ。
 ぎし、と口角を吊り上げる。笑みの形になっているか、自分では分からない。だが、笑ったつもりだった。

「は、はは。なるほど……面白いことを口にするでございますです。興味深い……それが不可能であることを除けば」
「さあ、そいつはどうだろうな」
「伏せられた手札は、私のほうが多いのでございますですよ? いくらあなたが魔法使いのバックアップを得ているとしても、私の目はあなたよりもよく見え、私の耳はあなたよりもよく聞こえ、私の腕はあなたより長いでございますです」
「おい……魔法使いだと? 今魔法使いって言ったか?」
「おっと、口がすべりましたです。今のは聞かなかったことに」
「……ふん、まぁいい。ちっとばかり、吐かせることが増えただけだ。やることは変わんねーよ……その大そうな自信から、まずはぶち壊すとするぜ。痛い思いをしてから後悔すんだな」

 溜めていた力を解放する。どうんと、千雨を中心にして、空気が一気に膨れあがった。目も開けていられない突風が、まるで“引っぱたく”ように吹き荒れる。並の人間が立っていられるものではない。幾重がただぐらりと傾いただけで踏みとどまったのは、褒めてもいいことだろう。

「む、ぐ……さすが! これからの測定と開発が楽しみになるでございます。ですが……今はまだ、これ以上堪能する気もないでございますです」
「?」

 なおも余裕を崩さない幾重。彼女は千雨に向かって蜥蜴のような笑みを浮かべ、懐に手を入れると、そこにしまってあった小さな機械のスイッチを、千雨の目の前でおもむろに押し込んだ。


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コメント

No title

X-MENのストームかジョジョ七部のウェザーリポートかって千雨の能力ですが
もしかして記憶の封印が解けるとみんなカタツムリにしちゃう能力とか出るんですかね?

No title

どっちかっつーとストームですね能力的には。
一応明確な元ネタとしてはベターマン・トゥルバなんですけどね。
僕は特殊能力を考えるとき、ロボットアニメ(ベターマンは厳密には違いますが)の能力を人間サイズに落とし込んだらどうなるか、とかから着想を得ることが多いです。

No title

久しぶりに読みたくなって一気読みしたぜ
もう8年前になるのか
続きはもうないんでしょうか

No title

もう、そんなに経つんですね。今読むと「若気の至り」がバリバリの文章なので、続きを書くとなると結構大変ですね。「若さ」をエミュレーションしないといけないのでw
一応このあとは結構すぐ終わる予定だったんですよね……確かあと残ってるのは、千雨の担当だった木原一族(オリキャラ)との対決くらいだったので。

No title

なるほど、さすがに8年も経ってしまうと続きは難しいのですね。
予定とはいえもう少しで終わる話が完結しないのは残念です。

No title

倉田英之さん(RODの作者)も言ってましたが、物書きって「キャラが降りてこない」と結局書けないんですよね。
時間が経って初めて降りてくるものもあるのでしょうが、そうでもないものもあり……。
難しいものです
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Author:桂樹緑
ゲーム作ったりシナリオ書いたりするぐうたら猫です。

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